その130 身体技術上達試論⑤

動きの質について

 YouTube動画などで太極拳の動きを見ていると、身体のどこにも凝(しこ)りがない緩やかな円運動を描いて動いています。スローモーションの映像を見ているようです。
 いっぽう剣道の懸かり稽古の動き、特に若年層がスピーディーに打ち込む動作(以下「速剣」)を見ていると、素速くカクカクした動きになっています。まるで昔のサイレント映画を見ているように。

 一見、太極拳の動きは緩慢で物の用に立たないように映り、速剣の動きは活発で手際よく見えます、が。
 この太極拳と速剣の動きの違いはどこにあるのでしょう。
 太極拳と剣道は動作そのものが違うわけですが、ここでは「動きの質」について考えてみることにしましょう。

 パラパラ漫画を思い描いてください。
 パラパラ漫画は、パラパラめくる絵の枚数が多いほど動きが滑らかであり、絵の枚数が少ないほど素速く粗い動きになります。
 すなわち、50枚の絵を10秒かけてパラパラめくるのと、5枚の絵を10秒かけてめくる違いです。

 太極拳の動きと速剣の動きそれぞれ、パラパラ漫画の少しずつ変化する静止画、1枚1枚、コマ送りをイメージし、双方の違いを比べてみてください。
 明らかに絵の枚数が多い方が太極拳で、少ない方が速剣であります。
 この動きの軌跡を破線に置き換えてみると、太極拳は「———————」のように動きの粒子がキメ細かで、いっぽう速剣は「-  –   –   –   -」のように粒子が粗く飛んでいます。

 さて、この粒子の「キメ細かさ」「粗さ」にどのような意味があるのでしょう。

 これまでは見た目でもって動きをとらえてきましたが、今度は反対に動く側の立場から考えてみましょう。
 なぜ太極拳は、緩やかな円運動を描いた滑らかな動きとなるのか。
 また、なぜ速剣は、コマの飛んだ、粗い角張った動きとなるのか。

 太極拳の演武は相手との対立はなく、ひたすら精緻に技をつくり上げているように見えます。破線で示せば「———————」となり、スローモーション映画のように技をつくり上げます。

 いっぽう、剣道も太極拳と同じく精緻に技をつくり上げればよいわけですが、相互稽古や試合となれば、双方が攻防の中で「いま、ここ」の機会に間に合わせようとすると、いきおい「-  -  -  –   -」のように飛んで間に合わせようということになります。
 厳密にいえば、一本打ちの技は「-   -」で、二段技は「-   – / –   -」のようになりましょうか。昔のサイレント映画のような素速い動きを求めるゆえ、飛ぶ粗い技づくりになってしまいます。

 ここでいま一度、前回のピッチャーとバッターの話を思い出して下さい。
 おおよそ野球では、ピッチャーの投球もバッターのスイングも、総じてスピードが速いのをよしとする世界です。
 野球以外でも、多くの競技スポーツはスピードの信奉がまかり通っているように思われます。
 剣道においても速剣どうしの勝負は速さが幅を利かしているのが現状です。

 しかし、武道の世界は、速さで片付かないことが多いのです。

 前回、ピッチャーが投げた球は、手を離れた時点で制御・誘導が不可能であり、同じくバッターがバットを振り出した時点で、バットの動きを制御・誘導することは極めて難しい、と申しました。
 同様に、速剣の飛び込む技は、打ち出した後、制御・誘導することは極めて困難です。
 連続技にしてもフェイント技にしても、それらは誘導したものではありません。野球の変化球と同じ理屈で、打ち出す時、太刀の行方は決まっているのです。

 その点、太極拳の動きは緩慢に見えますが、いつなんどきでも相手の動きに応じて制御・誘導(追尾)が可能であります。
 よって、太極拳の方が速剣より、「動きの質」において優っていると言えます。

 多くの剣士は、これに飽き足らず、競技年齢期が過ぎたら、速剣から脱し、本格剣道を指向するようになります。
 しかし、動きそのものの「質を転化」させるには、目標を持ったかなりの修錬が必要です。
 では、質の高い動きの剣道へと転化させるには、どのような修錬を積めばよいのでしょうか。
つづく 
頓真

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